放射能問題に対する私の考え、スタンス

事故が起きてから5ヶ月。このあたりで改めて放射能問題に対する私の考え、スタンスを明示しておこうと思います。それに先立ってまず読んでいただきたいのは水琴さんの書いている以下のエントリー。

「現状が危険か否かで意見が相違したとしても、対策の必要性の有無では意見が一致するなんて言うこともあり得るわけです。」と書かれていますが、同意します。

私は家庭でも放射能対策をうるさく言っていますし、松戸の未来を取り戻す会活動していたりします。こんなブログも書いていますし、相当に危険性を感じていると周りからは見えると思います。実際にそれはそのとおりなのですが、実は会話をしていたり、ネット上のやり取りなどをしていると「いや、それはさすがにデマだろう」とか「それは怖がりすぎだろう」と思うことがよくあります。

水琴さんのエントリー風に書くと私の意見は以下のような感じです。

※以下は東葛ホットスポットについての意見。

「現状の放射線の健康影響は、危険性があるかも知れない状況にある。少なくとも数年後、数十年後に癌等の増加が疫学的に有意に増加しているという論文を書く一部の研究者が出ることは間違いないと思う。ただし、東葛ホットスポット程度の汚染状況であれば、疫学的に有意な差は出ていないということが一般的な認識になることはまず間違い無いだろうと思う。気にしたくない人、気にしないで過ごせる人は気にしないで過ごすことが結果的に豊かな人生と感じられる可能性の方がはるかに高いと思う。ただし、少ないとはいえ危険性は確実にあるため、放射能を気にし回避行動を取ることのデメリットと放射能の危険性を回避できることのメリットをきちんと比較して適切な行動を適切なレベルで行っていくことが一番いいと思う。危険性の高い食材と危険性の低い食材が並んでいたら危険性の少ないものを間違いなく手に取るべきだと思うし、そのための知識を持っておくべきだと思う。

ただし、そもそも原発からの影響は1mSv/年に抑えるという規制があった以上、政治的合意としては、その基準を満たすように行政・東京電力は最大限の努力をしなくてはいけない。特に国、東京電力の動きが遅く、福島と比較すると圧倒的に影響少ない東葛ホットスポット地域では市が独自の対策を打ち出して最大限の安全、安心を確保することが現実的に求められる。

また、小さい子供を持つ親や小さいこどもを預かる保育園、幼稚園、学校等では子供が自分で判断、行動できない以上、最大限に放射能のリスクから保護してあげるべきだと思う。極端な話、実際にはリスクがほとんどなかったとしてもそんなこととは関係なくできることを最大限すべきだと思う。それがなんの責任もない子供たちに対する大人の責任だと思う。費用、人員等は工夫でなんとかすべきであって、できないことの言い訳にはならない。

私個人は、自分の家族に対する放射能のリスクを極力出来る範囲で低減するよう行動する。移住ができれば一番いいが、家族全体のことや移住のストレス、リスク等を総合的に考えると移住までは踏み切れない。今の場所でできる限りの対処をすることで将来子供が大きくなったときに胸を張って行動の意味と理由を説明できるようにしなければならない。最悪のケースとして家族に健康被害が発生した場合、それは放射能の影響ということを立証することはまず不可能であり、放射能の影響かもしれない、そうでないかも知れないということになる。そもそも放射能の問題がなくても存在するリスクであり、言い訳は何も出来ない。そういうことが起こりうるというリスクを抱えて生きていくしかない。

事実、因果関係とは別に、将来子供に恨まれる可能性がある。それが一番つらい。それに対してはどうしようもなく、ただ、誠実に、どのように考え、どのように行動したのかを記録しておくことしかできない。」

ちゃんと書けてるかな?あまり自信が無いです。言い訳がましいかも知れない。でも、それが正直な気持ちです。自分の健康など正直どうでもよくて、子供たちの健康をどう守れるか、どう子供たちに誠実でいられるかをずっと考えています。

ちなみに私が市民活動などをしているのは「怒り」が原因です。それは無知であった自分に対してでもあるし、不誠実な国、東電、行政に対してでもあるし、人類の愚かさに対してでもあります。

 

書きたいことがもう一つ。私は放射能のリスクを大したことないから何もしなくていいという人に腹が立つ一方で、過度に危険や不安を煽る人にも腹が立っています。科学的に根拠がないことで差別をしたり、さらに不安につけいって効果が無いものを売りつけたり、別の放射能よりもっとリスクがあることを広めたりする人たちは本当に最低だと思います。そういうことを心の拠り所にしてしまう人たちの気持ちが痛いほどよくわかるだけに・・・。具体的なことは書かないし、具体的な例も挙げないけど…。放射能のリスクに敏感な人達とつながっている中でそういう例をしばしば見かけるのが…。(もちろん、私自身が一般的な人から見れば同じように思われているだろうことはわかってます。)

世界の見方は人それぞれで、原発事故がなければ気がつかなった世界が広がってしまっています。自分の人生の責任は自分以外のだれも責任を取ってくれないから、世界をよく見て自分の考えと行動を自分の責任できめて、前に進んでいくしかないですね。大人になって責任をとるってこういうことなんだなと、31にもなってしみじみと感じます。

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